

根室・札幌旅行に行ってきました。
以前、根室は静かで人情があつく、どこか落着いた風格をもった街でした。
しかしどう間違ったか、何の防備もないこの街を、米空軍が無惨にも焼き払い、おまけに根室の生命線である千島まで、赤い色にべったり塗り換えられてしまいました。
私の父が戦後この街に行ったら、広々とした焼跡に小さなバラックが建ち並び、裸電球が寒々と点っていたそうです。
しかし間もなくその隙間がふさがれ、また昔の根室の姿が戻ってきました。
千島は依然無法な流氷の彼方なのに、どうしてこんなに早く街が立ち直ったのか・・・。
根室の人たちはこよなくこの地を愛し、郁処にも散らばろうとせず、お互いに寄り合って傷口をいたわり合い、街を立て直したのです。
北海道にめずらしい石垣は、古いこの地の歴史を物語りながら、まだいくらか残っていますが、白壁や瓦屋根の姿は、ほとんど空襲でなくなってしまったそうです。
かつては千島ばかりでなく、鉄道が通るまでは、オホーツク海岸に、すべての物資を送り込む最果ての根拠地でもあって、北海道開拓使から道庁になる間、北海道が三つの県に分れたことがありました。
函館県、札幌県、それに根室県であって、根室県令は根室干島ばかりでなく、釧路、十勝、北見にまで号令をかけていました。
したがって根室は東北海道の首都であったので、石垣や瓦屋根や白壁は、その時代を物語るものだったのです。
